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 私はこれまでに、盲導犬・介助犬になる子犬を育てたことがあります。でも、はじめから盲導犬・介助犬の提供を考えていたのではありません。
 私は、犬という動物をとても愛しているのです。動物行動学者コンラート・ローレンツの『人、犬に会う』という言葉の意味がよくわかります。そして、犬とともに暮らすうち、盲導犬が足りない日本の現実を知ったのです。イギリスやドイツでは、盲導犬の数はそれを必要とする人にほぼ足りているという。でも、日本は全然足りていない。なんという社会だろう!
 そう思ったとき、私は家庭犬だけでなく盲導犬や介助犬の候補も育てようと思いました。

 「狼」が家畜化されて「犬」になり、人と共に暮らすようになったのは2万〜1万5000年前のことといわれています。人間は「狩猟・採集」の時代でした。人と共に暮らすうちに、犬は人間の仕事を手伝うようになりました。犬は、いちばん早く家畜になった動物なのですね。
 犬は、野獣や敵の番をする、獲物をとる時の狩りで活躍する、重いものを運ぶなどなどの仕事で人間に協力しました。そういう仕事をしているとき、犬はとても生き生きします。人間のためにする働き、それは犬の生き甲斐といえるのでしょう。
 ところが最近では、犬にとって人の役に立つ仕事が少なくなってしまいました。そんななかで盲導犬は人間に協力できる、喜ばしく誇り高い仕事です。盲導犬が使用者と道を歩いているとき、犬はすばらしく生き生きとし満足しています。リーダーシップを発揮している緊張感が顔に現れています。あれは、決してつらいためではなく、誇らしい表情なのです。愛犬家のなかには、「かわいそう」と感じる方もいるようですが、犬は胸を張って充実感とともに仕事をしているのだそうです。拍手を送りたくなります。
 それだけに盲導犬の寄付に合格する犬を育てることは、張り合いのある仕事でした。しかし、私の犬育てはビジネスとしての「ブリーダー」ではありません。盲導犬・介助犬の幼犬の提供を個人として家庭で行うという、自発的な仕事なのです。

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 「盲導犬クイール」はたいへん評判になり日本だけでなく、海外にも知られましたが、あの子の誕生から母犬と私の手元を離れるまでの様子はあまり知られていません。そこで、あの子「クイール」の誕生から、幼年期までのいろいろをお話しようと思います。 
 人間もそうであるように、犬も幼児期はその犬の一生の基礎となる大切な日々です。私の体験をお話しすることが、犬を愛するみなさまの「育児」のお役に立てればと願って、少々恥ずかしい写真もふくめて、ありのままを初めて公開することにいたしました。
 いま私たち人間の社会では、育児や教育をめぐってむずかしいことが日々起こっています。育児も教育も大人たちの愛情と認識、そして子供を思う配慮がなにより大切だと思います。犬を育てながら、私はしばしば人間の育児と基本は少しも変わらないということを実感したのでした。

 母犬ツキスミの陣痛は深夜2時ごろに始まり、緊張の2時間を経て5匹を出産しました。まだ袋にはいったまま産まれてくる子犬を、私は手で取り上げてヘソの緒をはさみで切ります。子犬のからだはぬれているうえに動き、すべります。やっとの思いでヘソの緒を切る。そしてすぐに初乳を飲ませます。初乳は子犬の免疫力にとって極めて大切です。人間と同じですね。でも、子犬はすぐに乳首に吸い付くことができません。
 私はツキスミの乳首をつまんでお乳をしぼり出して、子犬の鼻に母乳の臭いを嗅がせます。すると子犬は首をふるようにして、大あわてで乳首に吸い付きました。目はもちろんまだ見えません。嗅覚だけが働いている生まれたての子犬。その嗅覚を精一杯働かせて、子犬たちはオッパイを求めていく。その様子はとてもとてもいじらしく、私は自分の息子に授乳した時のことを思い起こしていました。
 つぎつぎに産まれてくる子犬。1匹ごとに同じことをくり返し、私はお産婆さんになって休む間もなく5匹の子犬を取り上げたのでした。

 そうそう、ツキスミという母犬の名前のいわれをお話ししておきましょう。「ツキスミ」。どこかで聞いた名前だなと、お気づきになった方もおいででしょう。そうです。庄野英二さんの著名な童話『星の牧場』に出てくる、馬の名前です。童話といっても、あれは大人のための童話だと私は思います。物語の根底を流れているのは、「反戦」というつよい考えで、平和を願う作者の思いに私は深く共感し、馬のツキスミにあやかってその名前をいただいたのでした。

 さて、話を出産現場に戻します。1匹の授乳に15分ほどかかります。授乳をしながら、母犬は子犬のぬれた体をなめたり、じっと見つめたりして、次の陣痛を待ちます。こうして、ツキスミは5匹の子犬を産みました。といっても、スムーズにことが運んだわけではありません。危険を伴う、たいへんな難産だったのです。
 5匹が生まれて、おなかはぺっちゃんこになったのに、また陣痛がツキスミを襲います。でも、子犬は出てこない。また、陣痛に苦しむ。でも生まれない。いったい、どうしたのだろう。様子がおかしい。なにか、変だ。それまでにも犬の出産を経験し、この手で子犬たちを取り上げてきました。お産は順調に済み、母子ともに健全でした。でも今回は勝手が違う。母犬の、こんな奇妙で苦痛に満ちた症状に出会うなんて。胸騒ぎが起きました。明らかに異常です。
 くり返す陣痛でツキスミは次第に疲れ、ぐったりしています。なんとかしなくては! まだ夜は明けない。でも放ってはおけません。獣医さんに急報しました。来宅した獣医さんは、おなかの中にはなにもない、という。でも、またまた陣痛! ツキスミはさらに衰弱。よし、おなかの中を調べよう。獣医さんは決断しました。
 そのそばには、オッパイがのみたくて泣いている、生まれたばかりの5匹の子犬たち。その子たちを置いて病院へ・・・。私は泣きながら、獣医さんが運転する車で母犬ツキスミを病院へ運びました。

 手術でおなかを開けてみると、妊娠初期にすでに死亡していた胎児が2つ、子宮壁に見つかりました。なんということでしょう。陣痛は、その死んだ胎児を産み出そうとして起きていたのです。やむなく子宮を摘出して、おなかを縫合し、大急ぎで帰宅。
 待ちあぐねていた子犬たちは、お構いなしに母犬のおなかにしがみつきます。ツキスミの痛々しい大きな傷をもつおなかに、オッパイを探して容赦なくしゃぶりつく子犬たち。獣医さんは、まったく冷静で「心配ない、大丈夫。」といってくれました。が、私はどうなることかと、はらはらし通し。だって15センもある、大きな傷。チビたち5匹は、2時間ごとに傷のあるおなかの乳首に吸い付いて、夢中にオッパイを吸います。私はその度に、傷口を手でおさえていました。そしてヘトヘトに疲れて、母子犬のそばに敷いていたふとんに倒れ込んでしまいました。
 (出産から2週間、私は母犬と子犬のそばにふとんを敷いて寝ることにしているのです。母犬がトイレに起きて戻ったときなどに子犬が背中の方にもぐってしまい、押しつぶされて小さい命を失う例が少なくないのです。)
 クイールたちの出産劇は、1986年6月25日、早朝のことでした。あれからもう、20年も経ったのですね。思いおこすと、また胸が熱くなります。

 手術から3日目。私は思わず「あれっ!」と、声をあげました。母犬のおなかの15センチもあった大きな傷がありません。くっついてしまったのです。跡形もなく。いったい、なにがツキスミに起こったのでしょう。まるで奇蹟です。
 犬という動物の生命力の強さ、とくに母犬の不死身の回復力。子犬たちにお乳を上げるという愛情と使命感が、彼女に奇跡的な快復力を与えたのでしょうか。感動というより、呆れてしまう驚きでした。私は改めていのち、生命というものを考えました。
一匹の雌犬、彼女が母となるとき、そこに宿るたとえようのない力、それを尊いと感じました。女性は断じて「産む機械」などではありません。雄犬になんか分からない崇高な仕事です。
 いまから10年前まで私は会社を経営し、多忙な日々を送っていました。息子と過ごす時間は限られており、しかも人一倍子煩悩を自覚していた私は、事業をやめようかと、真剣に悩んだものでした。しかし、仕事への情熱と、夫の励ましに加え、子どもには仕事をする母を見て育ってほしいという、複雑な思いが重なって事業をつづけました。ときおり、胸のなかで息子に「ごめんね」と言いながら。

 母犬ツキスミの一日はとても多忙です。5匹の子どもに、オッパイをたっぷり飲ませるだけではありません。子犬たちの体を丹念になめてやります。そして排尿もきれいになめ、排便は食べてしまうのでした。床を汚しません。
 これは、狼時代からの野生生活の本能でしょう。外敵から子どもを守るために、子どもたちの排泄物や体臭を残すまいとしているのです。そしてまた、絶えず体に触れていることで愛情を高め、いわゆるスキンシップを行っている。あるいはボディ・コミュニケーションを行いながら、彼女は5匹の子どもの個性や体調を感じ分け、理解を深めていたのにちがいありません。
ツキスミのしぐさは、なんの見返りも求めていません。無償の愛、純粋な母の愛です。本能といってしまえばそれまでですが、私は無垢の母の愛だと思います。私たち人間もしばらく前までは、同じだったのではないでしょうか。いえ、大多数のお母さんたちはいまでも、純粋な愛で子どもを育てていると思います。
母犬の愛の舌になめられ、愛の乳首からオッパイを吸いながら、子犬たちは万年を超える犬の遺伝子と伝統を体と感情に満たして育っていくのでしょう。
 ところで、からだの弱い子、ミルクを飲むことの下手な子を、母犬はどうするのでしょうか。自然界では、その子たちは弱さゆえにきっと淘汰されていくのでしょう。それが自然界のきびしい法則なのでしょう。
 そこで人間の母は、ミソッカスにされた子犬を必死で助けようとします。そんな子犬のなかに、とても気だてのよい子犬がいるのです! クイールは、そういう子犬の一匹でした。

 よい母乳は、母犬が食べるよい食餌から出るにちがいない。私はそう思って、最高の食餌を与えたいと思いました。人間の場合を考えれば当然でしょう?
出産6年前の1980年にツキスミを買った犬舎からは、アメリカ製のドッグフードを薦められました。それは乾燥させた顆粒で、国産のものに比べると驚くほど高価でした。しかし、私が自分で食べてみると、あまりのまずさに驚き、こんなものを与えてよいのかしらと悩みました。
 ところがツキスミときたら、それを大喜びであっという間に食べてしまいます。それにも驚きながら、ドッグフードの袋に書いてある栄養項目を眺めると、タンパク質、脂肪をはじめ20項目ほどの食材や栄養素が並んでいます。しかし、どこにもそれらが天然のものであるとの表示がありません。サプリメントは化学合成に違いないと思われて不安になりました。そこで私は自分で考えて、次の食材をドッグフードに加えてツキスミに与えたのです。次の4種の食材でした。
○ 牛のもも肉(生肉。毎日肉屋さんから買って、手回しの挽肉機で自分でひく)
○ 牛のすじ肉(圧力鍋でやわらかく煮る)
○ 鶏の頭(圧力鍋でやわらかく煮る)
○ 豆腐、納豆、プレーンヨーグルト
野菜がないでしょう? 当時(1980年)の私には、まだ犬にとっても生の野菜が重要な栄養素であるという知識がなかったのです。それに各種ビタミン、ミネラル、リンゴ酢などのサプリメントもありません。無知でしたね。

 いま、私はドッグフードは一切与えていません。自分が無知であったことを感じた私は、まず栄養学を勉強しました。研究も重ね試行錯誤もくり返して、最良の食餌を考案。『完全生食』と私が命名した食餌です。
 それは、肉類だけでも羊肉、鶏がらミンチ、鶏レバー、鶏砂肝、鶏心臓、オーストラリア産ビーフ、天然の鮭・鱒の身と頭・内臓など、すべて人間用の安全なよい肉です。また季節の有機無農薬の野菜・果実(10〜13種類)。ビール酵母、亜麻仁油、ビタミンB群・C・E、リンゴ酢、ケルプ、アルファルファ、手作り発酵乳ケフィアなどを配合しています。犬の健康、毛並みの良さ、精神的充足、病気・結石などの予防を考えるとき、犬本来の食餌である『完全生食』にたどりついたのでした。
クイールの子犬時代に、これだけの食餌の知識があったら、さらによい子たちを産ませ育てることができたことでしょう。でもいまからでも遅くはありません。多くの犬たちが、正しい食餌を食べて健やかに過ごしてほしいと願っています。
皆さんがほんとうに犬を愛するならば、ぜひお薦めしたい食餌です。この食餌については『完全生食』の項目をクリックして、くわしい案内をごらんください。

 今回はここまで。次回は、子犬育てのつづきをお話ししたいと思います。
そして、いよいよクイールの登場です。なぜ、かれはクイールなのか、なぜ彼だけのおなかに奇妙な印があったのか。などなど。どうぞお楽しみに。(水戸レン)